共通言語
「生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れ
ません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それ
を悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊に
よってわきまえるものだからです。」(コリントⅠ・2:14)
私たちの教会には、外国の兄弟姉妹がいます。
皆さん日本語がお上手で、日常会話はほとんど問題がありません。
それでも、少し込み入った話になると内容が伝わらずに、苦労する
こともあります。
ところが聖書の話やキリストについて、さらに主のみこころについて
など、真理についての話となると難しくても理解し合えます。
そこには「言葉(霊的)の壁」は存在しないのです。
同じ「御霊という共通言語」が与えられているからです。
しかしある人たちは、「イエス・キリストや聖霊が神でない」と間違って
信じている方がいます。残念ですが聖書のみことばを受け入れること
もできないようです。
いくら聖書を勉強しても御霊(聖霊)という導き手がいなければ、知識
だけが増して、神のみこころを知ることはないようです。
とんちんかんなことを言っていたペテロや弟子たちも、聖霊を受けて
からこころの目が開かれました。
こころの目が開かれて、虚偽から離れて真理へと導かれますように祈
ります。