「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」 聖書

いのちを与える言葉

「ありがとう」少年は、帰ろうと立ち上がった私の背中に向かって、言葉をかけた。


背中から伝わった言葉のクオリアは、全身の細胞にまで行き渡り、暖かい何かに包まれた
ように感じられた。





生まれてから8年にも満たないこ少年は、耳に障害を持ち、母親のかすかな子守唄を
まぶたで聴き、やがてすべての音から隔離されていった。


少年は会うたびに、「今、ぼく最高なんだよ!」と嬉しそうに微笑む。


幼い言葉に少しのわずらわしさと戸惑いを覚えながらも、会った後には凍ったこころ
さえ、融かされるような光が差し込む感触を味わうことができた。


「ぼく、神様とお話ができるんだ」


自慢げに鼻をふくらませ、その少年は言った。


「ふーん、すごいね・・・。で、神様はなんて言うのかな?」と、筆談を交えながら
の会話に疲れをみせながらも返すと、


少年はハッキリと大きな口を開け、「神様はね、ぼくのことが、世界で一番好きだって」、
「おとなは大変だよね。いやなこともいっぱい聞かなくちゃいけないんでしょ」


「そうだねー」。うなずくわたしの顔をしっかり見据え、


「でもぼくはね、いやなことは聞かなくていいんだ。大好きな神様の声しか聞こえないん
だもん」「だから、ぼくはいつも神様に『ありがとう』って言うんだ」


わたしはしばらく、深いため息の中にいた。


何の遠慮も恐れもないストレートな言葉を真正面から受け取ったとき、何かが疼くのを
感じた。少年は純粋なこころの窓から、何をみていたのだろう・・・。


彼の「ありがとう」には、確かにいのちが宿っているようだった。