年寄りことば・・・?(その2)

わたしは、車の中で不快な表情を見せているじいさんの声なき声を、こころの中でしっかりと傾聴していました。


私にはじいさんの不快な気持ちが分かります。自転車屋の店主の対応に不快感を表しているのです。


店主はじいさんに対して、まるで子供に話すように「ため口」でしかも高圧的でした。商品を強引に勧め、お客の気持ちを汲み取ろうともしない対応に、自分の意思表示が苦手なじいさんは戸惑っていました。


そんなやり取りを近くで黙って見ていましたが、「帰ってゆっくり考えよう」と助け舟を出して切り上げてきたのです。


ウイットに富んだ内容や、砕けた話し口調は営業のトークの中でも「高等技術」です。初対面のどういう人かも分からないのにこの技術を使うのは、「アホ」としか言いようがありません。


また、医療機関で多く見られる子供に接するような対応は人権や人格を無視しているとしか思えません。(もちろん、しっかりと信頼関係ができていれば別ですが、お年寄りは子どものように見えても敬う気持ちをなくしてはいけません。)


ひとは性格も違えば価値観も違います。いくら年を取っても誰にでもプライドはあります。


年寄りになれば皆、子供のようだから「幼児ことば」で接するように、「年寄りことば」で接するのが当たり前ではないのです。中には不快に感じている方も大勢いることも覚えておかなければなりません。


相田みつをさんの言葉をかりれば、「子どもを叱るな、来た道だもの。年寄り笑うな、行く道だもの。」ですね。面倒くさがらず、根気よく接してあげることが大切です。


やがて、それが自分に返ってくるのですから。