「科学者の原罪・・・滅びに至る道」その2

  私は昨年暮れの京大YMCAのクリスマス講演で科学の将来を危惧して警鐘を
鳴らし、「科学の大前提は真の義を悟ることであり、それに基づいた科学の研究のみ
が人類を幸福に導く。科学を人類全体の幸福のために用いず、己の利益のためにのみ
利用することが罪であるばかりでなく、それを危険と知りつつ容認している基礎科学
者も同罪である。人間が科学を本当の幸福のために捧げないならば、人類は科学の進
歩によって滅亡するだろう。」と断じた。


  その直後に福島原発事件が起こった。私は自分で計算して、メルトダウンした
ウランがもう少し多ければ再臨界、爆発の可能性が大きく、ウラン爆発の危険が迫って
いることを知り、危機に怯えた。爆発すれば東京を含む関東地方が全滅し、日本崩壊
の可能性がある。これは人類の危機であると。


  事件の数日後、私はある大学で「これは科学者に対する神の怒りだ」と述べたが、
なかなか理解は得られなかった。


  国がでっち上げた原発安全神話福島原発事件で完全に崩壊し、権力者の欺瞞
と危険の隠蔽が明るみに出た。日本では、安全の保証もすべき政府の原子力安全保安
院が電力会社と一緒になって国民をだましていたのだ。


  この期に及んでも、権力者は悔い改めない。それどころか本年8月15日にNHK
で石破自民党政務調査会長曰く、「原爆を作れる力を誇示するためにこれからも原発開発
は必要である。」と。


  ウランを燃やすと廃棄物としてプルトニウムが生まれる。プルトニウムは原爆に
用いる以外には現在のところほとんど利用価値がない。しかもそのような廃棄物を処理
する有効な方法の研究は政府によって事実上禁止されていた。


  プルトニュウムを用いた高速増殖炉はきわめて危険な代物で、諸外国ではその研究
をすでに放棄しているが、日本政府は高速増殖炉もんじゅ」とその核燃料の再処理に
10兆円の税金をつぎ込んでいる。


  私は長年その危険性を指摘し続けてきたが、政府は全く耳を貸そうとしないどころ
か、高速増殖炉が不要となるような研究は政府によって拒否された。


  では、科学者の言う事は信用できるのだろうか?保守派、自称進歩派を問わず組織の
中の科学者の言は要注意である。多くの科学者は驕り、国が国民をだます事を容認し、自分
自身をだましている。彼らは矢内原原則を誤解し、思考を停止して、集団的犯罪を容認して
きた。


  科学者だけではない。知恵の実をたべた人類は破壊に突き進んでいると考えるべきで
ある。


  福島の事件はまさに「科学による人類滅亡の序曲」であると思う。


  「科学することが罪」であるとすると、私が少年のころ夢に描いた科学への道は滅びに
至る道だったのだろうか?内村鑑三が130年以上前、札幌農学校以来夢に描いていた科学
を目指す志は今では無意味なのだろうか?


  内村鑑三が丁度100年前、1911年に書いた「デンマークの話」のなかで植樹の話を
読んで、これを現在デンマークが目指している風力発電によるエネルギー問題解決に置き換
えて読んでみると鑑三の自然科学観がよく分かる。鑑三の直接の弟子の科学者達も科学に対
する楽観的世界観を持っていたと思われる。


  しかし、内村鑑三の時代には今日のような人類を滅亡に導くような原子力をはじめとす
る極度に発達した科学は存在しなかったために、鑑三の教えは21世紀に私たちが直面する
危機に対してストレートには答えていない。


  21世紀に生きる私達は、私たちに突きつけられた応用問題を内村鑑三の教えに従って
どのように解くか求められている。<次に続く>