目の前にある「逃れの町」に入れ!!(その4)


のがれの町はすべての人が利用可能
神は、6つののがれの町を用意されました。それらの町はヨルダン川
の東に3つ、西側に3つあります。


こららの町を利用するには、人がどの場所から来ようと、誰であろうと
問題はありませんでした。人のいのちを奪ってしまった人がイスラエル
人でも、また、よそ者であろうと、のがれの町はその人のために開いて
いたのです。


ここに、素晴らしい神の今も変わらない愛をみることができます。


古代の町がすべての人々に利用可能であったように、イエス・キリストに
あって、すべての人が救いを受けることが可能なのです。


救いの計画において人に対して求められている「資格」が一つあります。
それは、その人が罪人である、ということです。


のがれの町は、すべての人が行くことができるようになっている
6つののがれの町は、すべてのイスラエル人に利用可能であっただけで
はなく、すべての人が行ける場所(町)にありました。人がその町に逃れ
て行こうとするなら、一日でその町に着けない人は誰もいませんでした。


町への道は、準備がなされていた
これらの町の中、あるいは、周辺地域においてはある種の準備がなされて
いました。それは、人のいのちを奪ってしまった人が、のがれの町へと安
全に到着できるためでありました。


1.のがれの町への道は常にスムーズ
祭司たちは、のがれの町への道が整えられていて何の障害物もなく、常に
旅行者に開かれているようにしていました。


2.町の門が閉ざされることは決してない
昼夜を問わず、のがれの町の門が閉められることはありませんでした。


3.町への案内が混乱することはない
のがれの町への案内表示であるMiklat(ミクラット)の言葉が書かれている
看板が建てられていて、迷うことはありませんでした。


案内板に書かれていた言葉は「避難」あるいは「逃れる」という意味で、この
言葉が書かれていれば、誰も間違うことがないようになっていたのです。




のがれの町が描写しているものを通して、私たちのイエス・キリストにある
救いを、みごとに見ることができるのではないでしょうか。



のがれの町と同様に、誰もがイエス・キリストのところに逃げ込むことができ
るのです。



キリストの所にいくことが常に許されています。


キリストは彼のふところに来る人は誰でも、いつでも受け入れてくださいます。


キリストにお会いすることを留められることはありません。


キリストはあなたが来られるのを待っておられるのです。


キリストのもとへと至る道は明白に示されています。


キリストを指し示す標識は聖書です。




聖書は私たちに対して、のがれの町へどのように行くのかをハッキリと
示しています。


私たちが一つだけ答えなければいけない質問があります。


それは、「私たちはイエス・キリストに信頼をおいているでしょうか」という
質問です。<次に続きます>